東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)1368号 決定
申請人 日本放送協会労働組合
右代表者 中央執行委員長
申請人 大淵明弘 外二名
被申請人 社団法人日本放送協会
一、保証 無保証
二、主 文
被申請人は申請人大淵、同柳沢及び同船越を被申請人の職員として就業させなければならない。
三、理 由
(一) 当事者間に争のない事実
(一) 申請人大淵(旧姓三田)同柳沢及び同船越は財団法人日本放送協会(以下協会という。)の職員であつて、同協会の職員百五十数名をもつて組織されている申請人組合の組合員である。
(二) 申請人大淵は協会放送技術作課に勤務していたが、結核のため昭和二十三年三月十五日より欠勤し同年七月十三日有給休暇を命ぜられた。
申請人柳沢、同船越両名はいずれも協会編成局解説室に勤務していたが、肺浸潤のため柳沢は昭和二十三年三月二十二日より欠勤し同年七月二十二日有給休職を命ぜられ船越は同年四月十五日より欠勤し同年八月十五日有給休職を命ぜられた。
(三) 昭和二十四年六月六日施行の日本放送協会職員就業規則には次のような規定がある。
第四十条 (1)職員が左の各号の一に該当するときは、休職を命ずることがある。
(一、二、四、五、六号略)
三、傷病欠勤が引続き四箇月を超えたとき
(2) 休職を命じた職員には、職員としての身分を保有させるが、業務には従事させない。
(3) 休職を命じた職員の給与については、別に定める。
第四十一条 (1)職員の休職期間は、左のとおりとする。
(一、二、四、五号略)
三、前条第一項第三号によるときは、一年、但し、結核性疾病によるときは、一年八箇月。
(2) 前項第三号の休職期間については、その満了後六箇月以内に勤務できる見込があることを証明する嘱託医の診断書を添え、本人がその満了前に引続き休職の取扱を願い出たときは、更に六箇月の限度内で無給休職とする。
第四十三条 第四十条第一項第三号……により休職中の職員は、休職の事由が消滅したときは、直ちに上司に復職を願い出なければならない。
第四十四条 休職中の職員が前条の規定により復職を願い出たとき……は、直ちに復職を命ずる。
但し、第四十条第一項第三号により休職中の職員については、嘱託医によつて勤務に支障のないことが証明された場合に限る。
(四) (イ) 申請人大淵は昭和二十四年十二月二十日当時の協会嘱託医加藤徳夫の診察を受けた結果軽作業に就けるとの診断を得たので、昭和二十五年一月六日復職を願い出で、同月十二日より原職場において就業を続けてきた。(但し給料は休職者給与を受けていた。その間同年三月三日更に嘱託医古館常四郎の再診察を受けたところ「病名非開放性肺結核、頭書の疾患により昭和二十三年以降療養し、著しく軽快、昭和二十五年二月二十一日のX線検査により平常作業に差支えなきものと認む。但し向后一年間夜勤、外勤、当直等の過度の労働となる現業勤務を避けること。」との診断を得たが、結局就業規則第四十四条所定の「勤務に支障のない。」程度には囘復していないとの協会側の認定の下に同年四月十九日復職拒否の示達を受けた。
(ロ) 申請人柳沢は昭和二十五年三月十六日右古館嘱託医の診察を受けた結果「病名左肺浸潤、頭書の疾患により昭和二十四年九月より療養し軽快す、昭和二十五年三月十三日のX線検査により就業可能なるものと認む。但し向后半ケ年夜勤、外勤、当直等過度の労働となる現業勤務を避けること。」との診断を得たので、復職を願い出たところ、同年四月十七日協会より就業規則に基く六ケ月の無給休職ならば格別、即時復職は認め難い旨の内示を受けた。
(ハ) 申請人船越は昭和二十五年四月四日同古館嘱託医の診察を受けた結果「病名右肺浸潤、頭書の疾患により昭和二十三年四月より療養し、軽快す、昭和二十五年三月二十四日のX線検査により就業可能なものと認む。但し向后半ケ年夜勤、外勤、当直等過度の労働となる現業勤務を避けること。」との診断を得たので復職を願い出たが、柳沢と同様同年四月十七日協会より無給休職ならば格別即時復職は認められない旨を内示せられた。
(五) 放送法の施行により昭和二十五年六月一日日本放送協会(被申請人)が成立するとともに財団法人日本放送協会は解散し、その一切の権利義務は被申請人に承継せられその職員も当然に被申請人の職員となつた。
(放送法附則13、15参照)
(二) 争点
申請人、同柳沢、同船越三名の右復職申入に対して協会のなした前示復職拒示の措置は就業規則第四十四条大淵に違反し無効であるか、協会は右三名の復職申入に対して即時復職せしめる義務があるか否かの点にある。
(三) 当裁判所の判断
(一) 思うに就業規則は使用者が一方的に制定するものであるとはいえ、それが、一旦定立せられた以上は企業内における一の法的規範として労使双方を拘束する力をもつことは労働基準法第二条第二項の規定の趣旨からもこれを窺い得る。而してそのうち労働者の待遇に関する事項を定めた条項に違反した場合には法律上無効であると解すべきことも同法第九十三条の趣旨に徴し明らかである。
(二) 本件就業規則第四十四条は休職職員の復職条件を定めた規定であり、正に労働者の待遇に関する基準を定めたものというべきである。同条は疾病休職中の職員が復職を願い出たときは、嘱託医によつて勤務に支障のないことが証明される限り直ちに復職を命ずる旨を規定する。而して右立言の趣旨からみれば、同条は復職条件たる休職中の職員の健康囘復の状態を挙げて医学専門家たる嘱託医の証明にかからしめていることが判る。
しかしながら実際に勤務に支障がないか否かの判断は診断の結果のみからでなく、これを具体的な勤務内容との関連において決せらるべきものである。
もし診断の結果が当該企業内における最高度の労務に堪え得ることを証明するとき、または復職後に予定せられる具体的勤務内容がその診断の資料に供せられた上、該勤務に支障のないことが証明された場合には、協会は当然に即時復職を命ずる義務を負担し、復職拒否の余地なきものというべきも、診断の結果が「軽作業に支障なし」とか「平常作業に差支えなし」とかいう程度の抽象的判断に止まる場合には、労働契約、就業規則、労働協約等に特別の定めのない限り、右診断の結果は絶対的な拘束力をもつものではなく復職の許否を決する一資料たり得るに止まるものと解すべきものである。
なんとなれば一概に勤務というも、その内容によつて労働の強度に差異あるべく、従つて右の如き抽象的診断の結果が直ちに具体的の場合に妥当するとはいい得ないからである。しかしこの場合においても、もとより使用者の恣意は許されない。使用者はあくまでも企業の現状との関連において合理性をもつた判断をなすべきである。なお一定の条件を附した一定程度の勤務に堪え得る旨の医師の証明があつた場合にも右と同様に解すべきである。すなわちこの場合には、「一定の条件の下に一定程度の勤務に堪えるもの」を当該企業において収容し得る余地があるか否かの見地から決定せらるべきものと考える。
(三) 次に休職者の復職に関する協会の従前の取扱をみるに、結核性疾患による休職者が嘱託医から「軽作業に差支えなし」との診断を得て復職を願い出た場合は、復職辞令をまたず休職期間の満了と同時に出勤せしめ、原則として復職せしめていたことが一応認められる。このように就業規則第四十四条の適用の実際においては、協会は嘱託医の「軽作業に差支えなし」との抽象的診断の結果をもつて、一応同条にいわゆる「勤務に支障なき」旨の証明があつたものとして取扱つてきたことが窺われるのであつて、かかる取扱は結局右就業規則適用上の慣行的な解釈基準とみ得るであらう。
而して就業規則の解釈につき一定の基準が設定せられた以上は、合理的な根拠なくして労働者の不利益にこれを変更することは許されないと解すべきでなる。
(四) 協会は昭和二十五年二月以降従来の疾病休職者に対する復職取扱方針を変更し、日勤の外夜勤、外勤、宿直等すべての勤務に堪え得る健康状態を囘復したものと認められない限り復職の取扱をしないことに決定し、本件申請人等三名に対する前記復職拒否の取扱も右方針に従つてなされたものであることが一応認められる。よつて次に右取扱方針の変更が果して合理性をもつものであるか否かについて考察する。
協会においては職員中結核患者が逐年増加する傾向にあつたため、昭和二十五年二月に至り、結核対策に重点を置いて医療施設の強化充実を図ることになつたが、一方過去一年間の東京局内における結核性疾患休職者の復職後の状況を調査した結果「軽作業に差支えなし」との嘱託医の診断に基き復職せしめたもの二十七名のうち、勤務に支障のないものは七名に過ぎず、残り二十名中十名は就業困難、他の十名は右両者の中間に位する状況にあるものと認め、かくては本人の健康に与える影響は勿論業務上にも支障ありとして、爾今本人の疾患が完全に治癒し、日勤はもとより夜勤、外勤、宿直等すべての勤務に差支えない健康状態に囘復したものと認められるまでは復職の取扱をしないことに決定し、同年二月二十五日以降右方針を実施するに至り、従来の取扱を変更したことが認められる。しかしながら右状況調査による中間者十名は実際就業困難というのではなく、しかもそのうち一部は既に通常作業可能の見込あり、しからざるものも「無理な勤務はできない。」とか「現業勤務は無理」とかいう程度であつて、これらのものを協会の主張するように就業困難者に近いものとして取扱うことができない、してみれば協会の憂える事態も決してその主張の如きものではなく、また就業困難者についても個々人特有の事情もあり得ることであらうから、一律に結核疾患による休職者の復職条件を「疾患の完全治癒」までと改変することは行き過ぎのそしりを免れず、殊に復職条件は労働者の待遇に関する重大事項であるから右程度の統計的計数により直ちに従来の解釈基準を変更することはこれを納得せしめるに足る合理的根拠を欠くものといわねばならない。
(五) よつて次に申請人等三名に対する前記嘱託医の診断の結果が旧方針によるも果して勤務に支障ない旨を証明するに足るものであるか否かについて考えてみる。加藤嘱託医の診断の結果は暫く措き、古館嘱託医の診断の結果についてみるに、申請人大淵については「平常作業に差支えなき」旨、申請人柳沢及び同船越については「就業可能なる」旨、但しいずれも「夜勤、外勤、当直等過度の労働となる現業勤務は避くべき」旨の診断書の記載がある。而して同嘱託医の口供書によれば、右に「平常作業」或いは「就業」とあるはいずれも従前の取扱例による軽作業と同意語であつて、一般銀行会社等におけるデスクワーク(坐位作業)程度の勤務を指すものであり、右診断書の但書は予後の見地から保健上の注意条件を附加することによつて診断内容を従前の「軽作業に差支えなし」より一層明確ならしめたに止まるものであることが判る。
一般に疾病休職中の職員の復職後の勤務は協会の指定するところによるのであり、必ずしも休職前の職場に復帰できるとは限らない。しかし、一般に協会業務はその性質上毎日早朝より深夜まで連続して行われ、局外勤務も多く、一般銀行会社等におけるデスクワークとは幾分性質を異にするとはいえ、実働時間や交替制につき考慮が払われているので、平均的にみて一般のデスクワークより激務なりとは断じ難い。
今ここに申請人等三名の復職を仮定し、その予想せられる復職後の勤務内容について検討してみるに申請人大淵は昭和二十五年一月十二日以来原職場たる放送技術研究所試作課において他の普通職員と同様の作業に服してきたが健康状態に別状なく、しかもその作業は主として坐位作業に属し、夜勤、当直等の必要なく、外勤も決して過度の労働となる程のものではないことが認められる。また申請人柳沢は現在編成局庶務課に籍があるが、同課の事務はデスクワークのみで夜勤、外勤、当直等はない。しかし協会側は同人を同課に勤務させる意思はないように見受けられるのであつて、同人の復職を仮定すれば放送文化研究所への転勤等が予想せられるが、同所の仕事も典型的デスクワークであつて夜勤、当直等はない。また申請人船越は現在編成局考査課に籍があるが、同課の仕事は放送を聴取してそれに関する意見を書き誌すことと、モニター制度と称して外部の人々に放送の聴取を依頼してその結果を集める事務とであり、勤務時間も普通編成局は毎日八時間であるが考査課は七時間で、あとの一時間は自宅で放送を聴取すればよいことになつているから過度な労働とはいわれず、夜勤、当直等もないことが認められる。
もつとも右はいずれも一応の仮定であるが、右申請人等の健康状態において就業し得る職場の存することの一例証といえる。
以上認定の通りとすれば、前記診断書は正に「勤務に支障なき」ことの証明を果したものというべきであるから協会は申請人等三名を即時復職せしめる義務あるものというべく、前記復職拒否の意思表示は無効というの外はない。
(六) 右認定の如く申請人等三名は即時復職し得るに拘らず、その取扱を受け得ないことは、勤労生活者として著るしい損害であるから、これを避けしめるため主文のような仮処分をする必要があると認める。なお申請人等は抽象的に右三名に対する賃金の支払を求めているが、復職の認められる以上協会が賃金支払義務を負担することは当然であつて、この点については協会の任意履行にまつのを適当と認めるから特に主文に掲上しない。
以上は当事者双方の提出した疎明資料に基き当裁判所が一応認定した事実関係に基く判断の要旨である。
よつて主文の通り決定する。
(裁判官 古山宏 中島一郎 斎藤平伍)